小渋川から赤石岳(南アルプス南部)
その1
ウェストンの足跡を訪ねて

2010年8月6日〜8日
(前夜発幕営(荒川小屋・広河原)2泊3日)
その2
ちょっとバリエーション
山の手帳へもどる

【はじめに】
夏山行第二弾は「小渋川から赤石岳(往復)」へ行きました(荒川小屋及び広河原小屋幕営23日)。このコースはウェストンが赤石岳登頂(1892年)に利用したことで知られ、赤石岳への最短の登路。以前はメインルートだったようですが、小渋川の遡行(20回近い渡渉あり多少経験が必要)、続くほとんど展望のない尾根の急登(大聖寺平まで標高差1300m弱)、そして何といっても登山口までのアクセスの悪さ(大河原より先は公共交通機関がなく、車利用も駐車場が狭い)で敬遠されるのか、近年は椹島からの縦走コースにすっかりその地位を奪われています。
沢経験があり健脚の人なら12日で赤石岳を往復できる貴重な一般ルート、百名山でも静かな山旅を好まれる方にはお勧めです。

 *なお、2010年の夏はどの沢も水量が多く、全国的に沢の事故が多発しました。後日知ったのですが、小渋川でも、私たちが下山した日に、単独で入渓された方が流され水死するという事故が起こっていました。ご冥福をお祈りします。
また、特に、私たちのように、あまり沢の経験がない人は、地元役場等に問い合わせる等、水量等の情報を入手した上で、慎重に行動されることをお勧めします。

【山行記録】
0.湯折まで(アプローチ)
8/5(木)夜自宅(横浜)を出発、中央道駒ヶ根SAに日付が変わったころ到着、ここで仮眠。

8/6(金)晴れのち曇り
4時半に目を覚まし寝ぼけ眼で出発。幸い松川ICはすぐだし(10分足らず)、下りた後も大鹿村までは表示に通りほぼまっすぐに進めば問題なし(国道152号線)、大河原で県道253号に入る。この先は赤石荘の案内板を頼りに舗装はしてあるがすれ違いも困難な細い道を上る(早朝で対向車がほとんどなくて助かった)。赤石荘を右に分け道なりに進むと次は荒川荘の看板が目印、荒川荘(右側道路脇の民宿風)の先の橋を渡り小渋登山ルートの表示に従って10分ほどで湯折登山口(車止めゲートあり)に着いた(松川ICから約1時間)。6台分のスペースのある駐車場には既に1台止っていた。
湯折の登山口→案内板・注意書き(巻道通行不可も読んでいれば分かったのだが) 荒川荘先にあった表示

1.小渋川遡行
()湯折〜七釜橋

湯折登山口6:58--小渋湯跡7:10--七釜橋7:25

駒ヶ根SAのコンビニで調達したもので朝食。入渓点の七釜橋まで30分程であり、ここで沢支度。

ゲートの脇から山腹を切り拓いて作った林道を歩く。小滝のある沢を横切ったり短いトンネルをくぐったりして進む。時折左側の崖から落ちてきたと思われるボール大の岩や砕けた倒木が散乱している箇所があった。

七釜橋との中間辺りに「至る広河原10km5時間」の道標があり括弧書きで「ここは小渋湯」とある。小渋ノ湯というとウェストンがこのルートから赤石岳へ登る際(1892年)投宿したところと記憶していたが、広場もなく道幅も狭いまま(4m未満)、小さな山小屋すらあったと思えなかった。もっとも、眼下の河原まではずいぶんあり、七釜橋ができるまでは(平成4年竣工)小渋ノ湯から河原歩きだったようなので(登山大系9p234)、温泉はもっと下に位置していたのかもしれない。
なお、「小渋ノ湯」の位置については現地の案内図及び表示(上沢出合の近く)と地形図・エアリアマップ・ヤマケイアルペンガイド(林道にあるトンネルの近く)で異なっていた。トンネルの出口(七釜橋)側にはちょっとした広場があり七釜砂防ダムの石碑が立っている。

-------------------------------------------------------------------------------------------【日本アルプス登山と探検(W.ウェストン著・岡村精一訳・平凡社ライブラリー)より引用】
暮らし向きの良い谷間から通じている野性的な大山峡を十キロほど進んでいくと、湯場(ユバ)、つまり浴場にやって来た。ここは小渋の湯(コシブノユ)といって、急流の河床の上にそびえる険しい斜面にある。田舎の人々はこの硫黄泉にはいりにここへやって来る。この鉱泉は、二つの大きなタンクに導かれるが、そのタンクは宿屋代わりになっている粗末な小屋の前の広場に造ってある。一つのタンクは49度まで、もう一つのほうは18度まで熱せられる。熱い湯からぬるい湯には、わずか一足で行かれ、なかなか都合よくこしらえてある。
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小渋湯の道標付近 トンネル手前にある位置図→拡大図
七釜橋 七釜橋から小渋川(上流側)→拡大

閑話休題
()七釜橋〜高山沢出合

七釜橋725--(左岸の砂防工事道路〜河原歩き)--榛沢出合755/800--(腰位の渡渉・ロープ使用)--高山沢出合925

@榛沢出合まで
ほぼコースタイムで七釜橋(赤い立派な鉄橋)に到着。ここから問題の「河原歩き」だ。
先の道標「広河原まで5時間(エアリアでは湯折から3時間で+2時間15分)」がひっかかっていたが、橋にあった道標は「ここから約3時間(エアリア+30分)」となっていて少しほっとする。
というのは、沢ルートは尾根ルートに比べ経験による所要時間の差が大きく、私たち初心者はコースタイムオーバーをある程度覚悟せざるを得ない。とすれば、もし標準時間5時間なら広河原〜荒川小屋の4時間50分を加えた行動時間は10時間を大きく超える可能性もあり、予定変更(今日は広河原まで)を迫られるかもしれないと思ったからだ。ただ、本音は「所詮一般ルート(破線)の河原歩き、沢登りじゃないのだからコースタイムに近い時間で歩けるだろう」と高をくくっていた。

七釜橋を渡り「登山ルート」の表示に従って河原に下る。しばらくは左岸沿いの砂防工事道路を歩くがこの道は左岸の河原で消えペンキ表示もあるゴーロ歩きとなった(この辺までは沢登り経験のない人がイメージする普通の「河原歩き」)。
右岸に現れる滝を見送りしばらく歩くと、本流とは別に左岸側にも水流が現れる。何度か足首程度の渡渉のあと顕著な沢(左岸側・榛沢)との出合となった。左岸に現れたこの沢はすぐに分かるものであるが、私たちはその簡単な特定ができなかった。
私「これが棒(ボウ)沢か」妻「(木に)半の木沢って書いてあるよ」私「じゃ違う沢か、もっと先かな?」
このやり取りでお分かりのように、準備段階での字の読み間違いが原因だった(情けない)。

「榛(ハンノキ)沢」を「棒(ボウ)沢」と地形図(コピー)に記入していたのだ(「榛沢」の表示部分がコピーした範囲に入らず棒沢と手書きした)。ただ、現地ではエアリアマップでも確認したのにやはり「棒沢」に見えてしまい、後日大鹿村役場に問い合わせ、誤りを指摘されるまで気がつかなかった。

左岸の工事道路 道路が終わると河原歩き 榛沢出合→拡大

A小渋川核心部前編(高山沢出合まで)
榛沢を渡ると(足首くらい)先は両岸とも切り立った岩壁となり廊下状を呈してくる。とはいっても増水時でもない限りいずれか一方に川原があり、これを目指して右岸左岸と渡渉の繰返し。

清流で川床が見えるので当初はよどんで流れが遅そうなところを渡ろうとしたが、いきなり腰を超える深さ、しかも予想外に水勢が強くタジタジ。一旦引き返し、持参した10mロープをつけて今度は白波の立つ瀬を渡る。こちらも水深は股下〜腰くらいはあり流れも速いが、すり足で歩けば水中にある岩で足をブロックできるし、水面上に岩が出ている場合はつかまったりストックを突いてバランスをとることもできるので安心。妻には肩がらみで確保して渡ってもらう。
23度と渡渉を繰返しているといちいちロープを出したり畳んだりするのが煩わしくなり以降ずっとコンテで歩いた。なお、10mロープでは短いかと思ったが、今回の渡渉点の川幅ではちょうどよかった。

榛沢出合〜キタヤマ沢出合は廊下状(復路の画像を含む)

右岸への渡渉を嫌ってそのまま歩いているうちスラブ状の岩場に阻まれることがあった。へつろうとしたが見た目よりホールド・スタンスが悪く自信がない(トラバース恐怖症でもあるし)。岩壁に沿って淵を歩こうとするも水深はストックを持った手が肩まで潜ってしまう程。仕方がないので岩場登りを検討する。V+くらい(?)高さ5m弱だが中間支点が全く取れず(ピトンは持参せず)苔がついているのがいやな感じ。それでもアクアステルスソールのフリクションは丹沢で確認済みなので思い切って登ってみると何でもなかった。妻は一応確保して登ってもらう。帰りにまた通るとすれば、上の立ち木にスリングをかけて懸垂まがいの下りになるかもしれない(復路では右岸に渡って回避した)。

さらに数回渡渉を繰り返し、ようやく右岸にそれとはっきりわかる大滝(高山の滝)が現れた。この高山沢出合は七釜橋〜広河原のほぼ中間地点であるが既に2時間かかっていた。

左画像:高山沢出合(右岸)

 ()高山沢出合〜広河原小屋

高山沢出合9:25--(腰位の渡渉・ロープ使用)--キタヤマ沢出合--(腰位の渡渉・ロープ使用)--キタ沢出合11:15--(高巻道に迷い込む)--福川渡渉点11:52--広河原小屋12:07
@小渋川核心部後編(高山沢出合〜キタ沢出合)
高山沢出合で一旦川幅が広くなるが、再び廊下状となり腰位の渡渉が何度もあった(キタヤマ沢出合付近まで)。
その後は川幅が広くなり2〜3の流れに分かれる。先はその間の中州を歩くのが合理的だったのだが(踏跡・ケルン・テープあり、復路で気がついた)、左岸にはペンキ表示があり(渡渉点を示すものか?)、地形図にも道が表示されていたため(増水時の高巻道(難路)・復路で確認)、そのまま左岸を歩いてしまった。これは先の榛沢出合〜高山沢出合と内容・難度(渡渉回数・へつり等)が同等ないしそれ以上の遡行となり復路比で約30分以上のタイムロスとなったようだ。

なお、川幅が広くなる辺りには左岸に入る沢が連続して3本ほど確認できたものの、いずれがキタヤマ沢かは特定できなかった。
左画像:キタヤマ沢出合(左岸)か?
小渋川が東向きに大きく屈曲するところで左岸に規模は大きいが水流のほとんどない沢(キタ沢)が入ってくる。左岸側は少し前から川原がなくなり、岩場沿いの歩きでは、へつりやちょっとした岩登りを要求される箇所があった。特にキタ沢出合付近は通過困難だったので少し戻って急流を中州へ渡った。前述の通り、はじめから中州を歩いていればこのような苦労はなかったのだが。
左画像:キタ沢出合(左岸)

 ここでウェストンの小渋川遡行の様子を覗いてみよう。
 ---------------------------------------------------------------------------------------【日本アルプス登山と探検(W.ウェストン著・岡村精一訳・平凡社ライブラリー)より引用】
翌朝、私たちは6時に、晴れわたった天候のなかを、山行に出発した。浴場からかすかな路が、峡谷の険しい斜面をくだって、やがて谷川の中に見えなくなっていた。両側に垂直になった絶壁がそびえているので、私たちは約2時間半、川床だけをたどって行かなければならなかった。右岸には七釜(七つの釜)という立派な滝が、跳躍の連続となって、本流に流れ落ちている。この本流を、私たちは岩から岩へと飛び伝ったり、冷たくて早い流れの水を渡渉したりして、20回ほども繰り返して横切らなければならなかった。時として、流れの水はその狭間のはしからはしまで深くなっていたので、その時私たちは澄んだ緑色の淵に差し掛かる絶壁の面を伝って行ったが、それは素晴らしかった。不幸なことに、人夫たちはこの方法で進んで行くのを嫌ったので、下山の際はできるだけこんな場所を避けた。ついに峡谷は二つに分かれた。一つの峡谷は、前の方の木の茂った斜面のうちに消えて行き、ほかの一つは、左手の赤石山の西の麓に遠くはいり込むいっそう雄大な隘路に続き、小渋川の水源地になっている。この二つの川の合流する所は広河(読みヒロカワ・広い河〔訳者注:広河原〕)と呼ばれている。 
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閑話休題
A高巻道に迷い込む(キタ沢出合〜広河原小屋)
中州へ渡ると、しばらくはペンキ表示やケルンもある草付きゴーロ歩き。途中2度ほど膝下の渡渉があり右岸の流れを歩くところがあったが、すぐ左岸側へ渡り返し(股下)、その後はずっとゴーロ歩きとなった。

キタ沢出合は背後に遠ざかり左岸側の木に覆われた土手の上に登山道らしきものが見える。陽も高くなりゴーロ歩きは暑い、土手へ続く踏跡もあり木陰の誘惑に負けてしまう。不安定なホールド・スタンスを頼って崖を登ると土手の上には確かに道があった。立ち木にペンキ表示があり古い看板が落ちている。看板は既に廃道となっている福川沿いの登山道の案内であった(「広河原〜百間洞登山道開通、登り5時間下り判読不明」)。この道は地形図に表示の残っている高巻道らしい、進んでみると数十メートルで先が崖状となり通行できなくなった。引き返して河原に戻る(またしてもタイムロス)。

キタ沢出合より先はゴーロ歩き 巻き道はNG 福川を渡る
ゴーロ歩きを再開、すぐに先刻の高巻道の直下に出た。先には小屋を示すペンキ表示が現れ、二俣となる(左は荒川・井戸川、右は福川・本岳沢)。
福川を渡り(膝くらい)一段上って踏跡を少し歩くと林間の草原に広河原小屋が現れた。

2.広河原小屋〜荒川小屋

広河原小屋12:07/45--標高2000m地点14:04--船窪(1.5km地点)15:02/08--森林限界--大聖寺平16:09--(写真を撮りながら)--荒川小屋16:47幕営)

広河原小屋は20人くらい泊まれそうな避難小屋、管理人不在のためか少し荒れている印象。誰もいなかったが中にテントが張ってあり、ここをベースに登っている人がいるようだ(湯折の駐車車両のパーティーか)。
湯折から5時間もかかってしまったが(エアリアのタイム+2時間)、天気もよいことだし、尾根ルートなら明るいうちに荒川小屋に行けそう。
濡れた衣類を着替えて昼食を摂る。
着用していた沢装備のほか不要なものはデポし、少し身軽になって小屋を出発する。

大聖寺平までは小渋川支流の荒川と本岳沢の間の尾根を登る(標高差約1280m・標準タイム4時間15分)。
まず、小屋の前にある道標(「赤石岳・荒川岳方面」「6.5km(注1)」)に従い樹林に覆われた浅い沢形の中を歩く。しばらくは苔むした丸い岩が点在しており日本庭園風。
6kmの表示辺りから尾根の山腹の急登、登り始めは潅木で覆われている上、倒木が道を塞いでいて踏跡が分かり難い(注2)、今シーズンはまだあまり人が入ってない様子だった。
尾根に上がった後も太い倒木の間をくぐったり、壊れかけた丸木梯子を登ったりするところがあり、下の方は荒れていてちょっと歩き難かった(+下りではテープ等が見難く迷いやすい)。

注1登山道には大聖寺平までの距離が0.5km毎に表示してある、広河原小屋は6.5km地点
注2この箇所は登りより下りの方がさらに分かりづらい。

広河原小屋 最初は日本庭園風 山腹歩きは潅木倒木で不明瞭なところもある
尾根下部にあった壊れた梯子 中間部は歩きやすい トラロープのある滑る岩場
その後も部分的に踏跡が錯綜する箇所等はあるものの、標高2000mの表示(4km地点のすぐ先)を過ぎ尾根中間部からは比較的整備された登山道となる。
3km地点のすぐ手前で小屋にテントを張っていた2人パーティーとすれ違った(福川登山道(廃道)から百間洞経由で赤石岳に登り下りて来たところのようだ)。

2km地点の先に苔むして滑りやすい岩場があった(トラロープあり)。岩の基部には穴があり視界が悪いときには注意が必要。
1.5km地点には「船窪」の表示、ここはウェストンが昼食を摂ったところらしい。よく見ると登山道脇の草地に幅3m*長さ20mくらい?の舟形の窪みがあった。草ぼうぼうの夏は知らないと素通りしてしまいそうだ。
船窪から少し歩くと森林限界となる。左側の視界は開けるがガスっていて展望はなし。ナナカマドが多く側を通ると付着している虫が煙のように舞い上がり纏わりついてくる。防虫スプレーと防虫ネットで何とか虫害は防げたが蒸し暑くてこれまた不快。
0.5km地点から大聖寺平まではザレ場をトラバース気味に登る。ペンキ表示はあるもののハイマツに覆われて表示や踏跡が不明瞭なところがあった。

遅いこともあって稜線に出ても誰もいなかった。大聖寺平の道標を確認して荒川小屋へ向かう。ガスっていてすぐ前の荒川岳すら見えなかったが、山腹をトラバース気味に下る登山道は花が多く被写体には事欠かなかった。

17時前に荒川小屋に到着、予想外に人が多く驚いた。15年前とは小屋もすっかり様変わりしたようだ(建物も綺麗になっていたし、水洗トイレもあった)。
テントの受付の際入山地を尋ねられたが、小渋ルートから登ってきた人は今シーズン初めてとのこと。テン場はトイレの近くや水場(管理棟から往復5分)の近くに点在しており、いずれも十分に空きがあるようだ。受付から戻ってみると既に妻がトイレ前のスペースに荷物を広げており、揚水ポンプの音は多少気になったが、そのままテントを設営した。
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