鳳凰山地蔵岳オベリスク
(南アルプス北部
ウェストンの足跡を訪ねて

その2
2011年8月2日(日帰り)
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2.オベリスク登攀〜ウェストンルートだったのか?
賽の河原上(地蔵が祀ってある所)9:17--オベリスク取付(登攀準備)9:27/41(Kn発)--(30mロープ使用・注1)--オベリスク頂上(注2)9:48(Kn着)〜10:13(Mon着)/10:52(Kn下降)〜10:57(Mon下降)--オベリスク取付(登攀具しまう)10:59(Mon着)/11:17--(写真)--賽の河原上11:34
地蔵岳オベリスク・ルートイメージ
@賽の河原上(お地蔵様のある所)   Aオベリスク取付 
@〜Aは歩き、Aより2つの岩頭の間の鞍部までが登攀対象(ロープスケールで20m強)
*取付より先の拡大画像は黄色丸の部分をクリックしてください
 オベリスク(地蔵仏)は相合わさった2つの岩塔から構成され、南面にある両岩塔の接するクラック沿いに登るのが一般的らしい(複数のネット情報)。これは、鳳凰小屋で得た「賽の河原から真っ直ぐ上がったとこるにある割れ目の下から登る」と内容が一致していた。
 賽の河原から登攀ラインと思しきクラックは容易に特定でき、その下が取付なら過去3度訪れた際通った箇所がそれであると予想された。
 なお、二つの岩塔は少し高さが違い、南面から見た場合は向かって左が最高点のある岩塔となる。
 
 賽の河原からは表示はないがよく踏まれた岩場を登る。当該取付へは真下にある急な凹角が最短だが少し難しそうなので、その左の階段状岩場を登り、傾斜の落ちたところで凹角へ移った(このラインは通常のハイキングレベル)。
登った先は平坦なテラスで、すぐ前の大岩の上には、ほぼ垂直なクラックがありフィックスロープがぶら下がっているのが見えた。ネットの記録で見た写真は確かにこの場所で、やはり、以前にも来た事があるところだった。
賽の河原を登る 階段状の岩場を登って取付へ オベリスクの取付(南側)
 この先は、登攀具を付けビレーしての登り(30 mロープ)。核心部にフィックスロープがあり短いルートなのでフィックスを全面的に信頼できる度胸(というより知らぬが仏)と腕力に自信があればクライミング経験がなくてもゴボウで登れる気もするが(怖がりの私には到底無理)・・・・。
 テラスは十分なスペースがあり、早速登攀準備にかかる。腰を下ろして靴を履き替えていると、いつの間にアブがまとわり付いてくる。ドンドコ沢コースは沢沿いだから防虫スプレーは持参していたが、まさかこんな高所で使うとは思わなかった。
 「石碑なんかどこにもないね」と妻。こちらは登攀のことで頭がいっぱいで、ウェストンの記録などぶっ飛んでおり、何のことやらサッパリ。
疑問1:取付の石碑
 このときはそれで終わったのだが、帰宅後ウェストンの著作を読み返し、妻が、ウェストンが見たという「天照皇大神の字が刻まれた、巨大なくさび形の石碑」のことを言っていたのだと知る。もっとも、ウェストンの初登から100年以上も経っており、その間に石碑が消失したという可能性も十分あるが。

【日本アルプス再訪(W.ウェストン著・水野勉訳・平凡社ライブラリー)より引用】
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 二人で最後のピナクルが突き立っているピラミッドの基部へと進んだ。そこはに賽の河原と呼ばれている場所があり、大日如来を表す小さい石が置かれている。この石は旅人が達することのできる限界を示しているのである。<中略>私は一人で広さが約50センチ*30センチほどの狭い岩棚に上がった。最初はそれから先に前進できる可能性は全くないように見えた。二つの岩柱が、日本人のいう《合掌立ち》、すなわち、祈るときに両手を合わせる格好にもたれ合っている。<中略>
 この岩柱が接触しているところに、長くチムニーができている。背の高い方の基部に、天照皇大神の字が刻まれた、巨大なくさび形の石碑が建っている。
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 ウェストンの登攀記録を読み返すと、石碑の件以外にもいくつか疑問点が見つかったので、記録とともに併記してみようと思う。ただ、現地では、私たちが登ったルートがウェストンルートと同一だと疑っていなかったため、証拠になり得る写真はほとんどなく、十分な検証はできないが・・・。
それでは、稚拙な記録で申し訳ないが、まずは私たちの登攀記録。

 例によってクライミングの下手な私のリードでスタート。まずは、核心のクラックの手前に城壁のように積み重なった大岩を突破しなければならない。実は初めて来た時(1995年1月)にこの城壁岩の上までは登ったことがあった。当時はクライミングをやったことがなかったが、若かったのか怖いもの知らずで何でもなかったように記憶している。ところが、今回はフラットソールを履いているのに残置ピンもなく手持ちのフレンズでは中間支点が取れそうにないと分かると安易に登れなくなってしまった。登路はいくつか取れそうだが、後で妻が登った正面の岩の直登はちょっと急でいやな感じ、左に目を転じると緩いクラック沿いはチッピングしたようなスタンスがあり、簡単そうなのでそちらから登った。確かにこの登りは全く問題なかったが(U)、岩の上に出てからちょっと厄介な問題が生じた。それは、今立っている岩からオベリスク本体は、少し離れており核心のクラックに直接取り付けないこと。幸い、足場の岩とオベリスク本体の間には岩柱がまるで梯子を立てかけたようにあった(オベリスク本体側が上)。ただ、岩柱までは少し距離があり(普通に足を伸ばしても届かない)、少しクライムダウンしなければならなかった(フラットソールの有り難味を感じる)。
梯子岩からはクラックの途中にあるレッジへ移る(この辺は記憶が曖昧)。レッジから下を覗くとオベリスクの本当の基部はまだずっと下にあり、古びた鎖らしきものが落ちていた(かつては鎖が設置されていたのか?)。 

 さて問題のクラックは下部は身体がすっぽり入るくらいのチムニーだが、上部は浅くなり半身程度の深さのワイドクラック(オフウィドゥス)。奥には(二つの岩塔の接触部分)手のひらサイズのハンドクラックが終了点まであり、ジャミングに慣れている人にはよいゲレンデだと思う(但しジャミングを決めるには簾状のフィックスロープをかき分ける必要がある)。
 連日の雨で岩は湿っているし、ほとんどジャミングの経験がない私は、他の方法で登るしかない。まずは、レッジから目いっぱい手を伸ばしハンドクラックにフレンズをセットして1本目の中間支点を取った。Vくらいならガバがいっぱいあると思ったが、ぜんぜん甘かった。この凹角は7m弱(妻によると5m)のショートルートではあるが、昨年の小同心クラック(ガバの連続)より難しいと思った。
右壁には要所にチッピングホールド(人が削って作った人工的なホールド)があり助かるが、左壁(高い方の岩塔・後述)は乏しくステミングで登るのは早々に諦める。ホールドの多い右壁の方を向きバックアンドフットやバックステップを使って中間まで這い上がる。少しよい手があったのでフレンズをセットしようとするも、なかなかサイズが合わずに焦った。もたついている間につま先も痛くなってくるし、右手のホールドも湿っていて滑りそうな感じ。悔しいが2本目のランニングビレーのセットではフィックスを掴んでしまった(A0)。その後は右壁のカンテが登りやすくなるも、出口にガバがなく這い上がる際に目の前のスリングを引いてしまった(またもA0)。
 終了点は両岩頭の鞍部で肩幅くらいの岩溝だった。
南側(登ってきた方)には、落ち口にアンカーが埋め込まれており、鋼管で保護された鎖がついていて、2枚のカラビナがかけてあった。核心部に簾のように垂れ下がっているフィックスロープの何本かは被覆がなくボロボロ、これならいつ切れてもおかしくない。やはりフィックスに全体重をかけるような登降方法は危険だと感じた。
 他方、北側の落ち口付近は岩溝が狭まっていて(舟形)、こちらなら、アンカーにする岩を引っかけるのに都合がよいと思った
 次はウェストンの初登時の記録。

【日本アルプス再訪(W.ウェストン著・水野勉訳・平凡社ライブラリー)より引用】
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 大きなオベリスクは、遠くから見ると旅人や幼い子供たちを守る地蔵ににているところから、登拝者たちにとっては地蔵仏として知られている。その高さは高い方は約22メートル、低い方は約3,4メートル(注)あると私は見積もった。私のいた狭い岩棚からよく調べてみると、成功の唯一の鍵は、低い方の岩の凸面のアングルを登ることだとわかった。 
 <中略>
 私は二つの岩が接触している最高地点にあるクラックのトップに、長さ25メートルの軽登山用ロープの先にしっかりと結びつけた石を投げた。何度やってもその石は届かず、背中や肩の上に戻ってくる。その落ちてくる石を避けることは不可能だった。狭い岩棚には動けるスペースがないのである。気落ちしながらも30分ほど何度も繰り返していたら、とうとう、幸いにもうまく届いた。ロープを引っ張ってみると、石がしっかり入り込み、安全が確保されたのが確かめられたので、心から安堵した。

 それからが決戦であった。自分を確保するために左手にロープをつかみ、身体の表面を右手の岩塔の表面にできるだけくっつけた。そして、カタツムリのように、あるいは日本の法的手続きのように、のろのろと這い上がり始める。たいへんな苦闘である。1,2メートル進んでは深呼吸するために休む。ふたたびずり落ちないようにロープで確保している。花崗岩の岩塊が奇妙に突き出ていて、行く手を阻んでいた。私が徐々に前進しつつある方向では、ロープはもはや助けにはならないような状況である。まさしく、成功するか失敗するかの瀬戸際であった。それで、岩に直接取りつくことにして、ロープを手放すことにした。手の指先で身体を支えながら、最後の努力のため体力と呼吸を整えた。ロープを左下に振り放して、勇気を奮い起こして自分の全体重を上部の障害物に預けた。何度となく蹴ったり、岩にしがみついたりしているうちに、身体を引き上げることに成功し、それまで手の指がつかまっていたところに、前腕が来ていた。
 最後のアタックのためにもう一度休む。それから、汗びっしょりになり、息をはずませながらの大苦闘の末、その岩のトップに達した。言葉に言い表せないほどの嬉しさだった。やがて、低い方のピナクルの頂上にも立つことができた。ここから実際の最高地点までは比較的容易な仕事である。登攀ルートはほぼ垂直であるが、ホールドとスタンスがうまくできていて容易な登攀ですんだ。<中略>下の岩棚から一時間足らずで、個人的にも、また、人間としても初めて、有名な鳳凰山の頂上に立っていた。頂上は2メートル四方もない狭い花崗岩の台で、雲海の中に島のように浮かんでいる。
 
--------------------------------------------------------------------------------------- (注)高い方より3,4メートル低いの誤りか?(kniferidge)

疑問2「高い方の岩塔」に対する身体の向き
 私もウェストンもカンテが使える低い方のオベリスクが弱点と判断している(赤字部分)。とすると、バックアンドフット等で登った場合、「高いほうの岩塔の壁」に身体(背中またはバックステップの足)を押し付けることになるが、「高い岩塔」が私の場合は向かって左になるのに、ウェストンは右になっている。
疑問3アンカーの岩を固定できるのは北側?
 『二つの岩が接触している最高地点にあるクラックのトップ』とは両岩頭の間の岩溝のことだと思うが、『ロープの先に結びつけた石』をしっかり固定できるのは南側ではなく、岩溝の北側だった。私たちが登った南側は溝が浅く開いていているのに対し、北側の落ち口は先が狭まっていて岩が収まるような深さもあったように記憶している。ただ、最高点に立つことや、妻のビレー準備に気をとられてしまい、その後あんなに長く頂上にいたのに、北側落ち口の写真は1枚も撮っていなかった。
オベリスク登攀・頂上より取付を俯瞰
オベリスクの頂上

 オベリスクは左の岩頭が右のものより少し高く、その最高点までは、急ではあるがホールド・スタンスの多い岩場を3mほど登って容易に達することができた。上には残置ピトンがありセルフビレーを取る(高所恐怖症の私でも安心して立ちあがることができた)。ガスが出始めていて展望は今ひとつだったが(賽の河原やアカヌケ沢の頭がやっと見える程度)、意外に広く平坦な頂上は本当に気持ちよく、その爽快感は昨年の五丈岩(金峰山)の比ではなかった。
 周囲や妻のいる取付の写真を一通り撮って、鞍部まで下りる。

 妻をビレーし登ってもらう。城壁岩は私が登ったルートは梯子岩に下りるところがリーチのない妻には大変そうなので、正面から直登してもらう。核心部もフォローの気楽さか、全く問題なさそうで写真を撮りながら登ってきた。もっとも、出口(終了点)ではちょっとビビっていたようだ。

オベリスク核心部

 それぞれ、高い方、低い方の両方のオベリスクに立ち相互にシャッターを切るも、近すぎて臨場感のある写真は撮れなかった。落ちると大変なのでセルフビレーを取る等安全確保のためロープをつけて動くので、何をやるにも時間がかる。ますます霧が濃くなり、ウェストン流にいうなら「霧は見たが景色は見えず」の状況。私が着いてから既に1時間が過ぎており。賽の河原や取付付近で見物していた人たちも下山してしまった。
下りはもちろん懸垂下降。15mいっぱいで届くか心配だったが(30mロープ使用)、取付までピッタリの長さだった。

懸垂の準備の際妻がまた気になることを口走った。
「ロープをかけられるような岩はないね」

【日本アルプス再訪(W.ウェストン著・水野勉訳・平凡社ライブラリー)より引用】
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 下降はごく単純なものとなった。低い方のオベリスクに都合よくあった岩のノブにロープを巻きつけ、そのロープを利用して、身体を確保しながら下りていったのである。
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疑問4ロープを掛けた岩
 ウェストンは低い方のオベリスクに直接ロープをかけて下降しているが。撮ってきた写真を見る限り私たちが登ってきた方向への下降には支点に都合のよい岩角はなく、すっぽ抜けを避けるには私たちとは反対側に下降しなければならないように思えた。
(左)核心部 (右)懸垂下降
ウェストン初登時の写真(参考文献1) 今回登ったオベリスク南面
疑問5二つの岩塔の位置関係(当時の写真)
 確かに、今回登った南面とウェストンルートには類似点が多いものの、決定的な相違がある。それは二つの岩塔の位置関係が反対であることだ。
『日本アルプス再訪』にはウェストンが初登したときのオベリスクの写真が掲載されているが、通常自分が登った方向から撮影すると思われるから、ウェストンルートでは低い方の岩塔が左、高い方の岩塔が右にあったと思われる。ところが、私たちが登った南面はこの関係が真逆だった。これは、登ったルートが丁度表裏の関係だったと考えるのが合理的であり、先の疑問2〜4も矛盾なく説明できる。
 いずれにしても、北側を確認しておらず現段階では単なる推測にすぎないが・・・。
(独り言)『写真』の人物が立っているテラスは過去3回写真を撮るために登ったところのように思える。

閑話休題
 取付に戻ってびっくり仰天。デポしてきたザックや帽子にアブの大群がたかって真っ黒になっていた。タオルで追い払い、急いで防虫スプレーを取り出す。
いくら追い払っても執拗に纏わり付いて来て、スプレーをかけても遠巻きにして待機状態。アブ、蜂は黒いものを攻撃してくると思っていたので、明るい色の服を着てきたのだが、アブには当てはまらないらしい。それは、私が着ている黄色っぽい服に特に集まっていたからだ。
登攀具をしまい撤収を終える頃から、雨がぱらつきはじめる。あれだけしつこかったアブも、これを合図に蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。雨は嫌だがこのときばかりは恵の雨だった。来た道を下る。誰もいなくなった賽の河原はピンク(タカネビランジ)や白(シロタカネビランジ)の可憐な花が見頃になっていた。

3.下山
賽の河原上11:34--鳳凰小屋11:50/54--五色ノ滝道標12:23--白糸ノ滝展望台13:03--南精進ヶ滝展望台との分岐13:35--小武川第三砂防堰堤14:21--青木鉱泉14:35
 小雨の降る中往路を下る。朝出発した人たちがちょうど到着する時間帯らしく、この天気でも数パーティーが登ってくるし、鳳凰小屋のベンチには大勢の人が休んでいた。
その後も続々と登ってきて、南精進ヶ滝辺りまで頻繁にすれ違いがあった。
下山中はずっと降られたが、雨脚が強くなる前に、何とか青木鉱泉に到着。一風呂浴びて帰路についた。
(雑感)
 オベリスクは真っ当なクライマーには取るに足らないピナクルに過ぎないかもしれないが、万年
初心者の私たちにはショートルートの割りに手ごわかった。
展望がほとんど得られなかったのは残念だが、頂上に立った時の爽快感は予想以上、初登攀したウ
ェストンがあれだけ歓喜した気持ちがわかるような気がした。
「今回登ったラインがウェストンルートではないのでは」という疑問は残ったが、また機会があれ
ば再登してみたいと思う(展望のよいときに)。
予備日なしの日帰り往復は、天気が悪いこともあり、体力のない私たちが予定通りこなせるか心配
だったが、整備された一般ルートなので全く問題なかった(やはり荷物が軽いと楽)。

【行程】前夜発日帰り
小川山廻り目平から移動===>8/1(月)青木鉱泉駐車場(車中仮眠)21:00/4:40(8/2)---(鳳凰山地蔵岳往復→【山行データ】参照)---青木鉱泉14:35/15:20(入浴@1000円)=(小武川林道・国道20等)=韮崎IC16:15?=(中央道・双葉SAで食事)=八王子IC18:20=(R16・R246)=帰宅 20:05

【山行データ】
8/2
(火)曇り一時晴れ、昼前から雨
行動時間9時間55分(@ABの合計)
@青木鉱泉--4時間37分(*1休憩含む)-->地蔵岳賽の河原(一般道はここまで)
Aオベリスク登攀2時間17分
 [内訳]賽の河原〜取付:往復27分(花の撮影込み*2)+準備撤収・登攀・頂上休憩(1時間):1時間50分
B賽の河原--3時間1分(*1休憩含む)-->青木鉱泉
*1休憩は歩き始め20分後及び以後1時間毎に1回(3〜10分)、[詳細データ]に明示されていないものあり
*2普通に歩けば片道10分程度
[詳細データ]
青木鉱泉駐車場4:40--(ドンドコ沢右岸の工事迂回路)--小武川第三砂防堰堤(左岸に渡り返し本来の登山道へ)4:55--南精進ヶ滝展望台との分岐5:53--(展望台周遊路に迷い込むタイムロス10分)--鳳凰ノ滝方面との分岐627--白糸ノ滝展望台7:12/16--五色ノ滝の道標7:39--北御室小屋跡地(高巻道からドンドコ沢へ下りた所)8:08--鳳凰小屋826/33--賽の河原上(地蔵が祀ってある所)9:17--オベリスク取付(登攀準備)9:27/41(Kn発)--(30mロープ使用・注1)--オベリスク頂上(注2)9:48(Kn)〜10:13(Mon)/10:52(Kn下降)〜10:57(Mon下降)--オベリスク取付(登攀具しまう)10:59(Mon)/11:17--(写真)--賽の河原上11:34--鳳凰小屋11:50/54--五色ノ滝道標12:23--白糸ノ滝展望台13:03--南精進ヶ滝展望台との分岐13:35--小武川第三砂防堰堤14:21--青木鉱泉14:35
1:ロープはφ8mm*30m、核心部の中間支点はフレンズ#2〜3を使用した。
取付と本体の岩塔の間には大岩が積み重なっており何通りか登路が採れる。正面の岩の左側と右側はチッピングホールドが等間隔にあり、見た目より容易。
大岩の上から本体の岩塔に取付くが、ほぼ垂直の凹角で7m程登ると二つの岩頭の間の鞍部に出る(核心部)。ここはフィックスを頼らなければWくらいのクライミング。鞍部から岩頭は容易(3mほど)。
核心部にはフィックスロープが何本もついているものの、ボロボロになっているものもあり、これを全面的に頼って(ゴボウで)登降するのは危険。特に下りは懸垂下降が無難(終了点から取付までちょうど15m)。

2:準備等を除く登攀時間Kn7分Mon5分。
【参考文献】
1.日本アルプス再訪(W.ウェストン著・水野勉訳・平凡社ライブラリー)

2.山と高原地図41北岳・甲斐駒(昭文社・2003年版)
3.高山植物ガイドブック(鈴木庸夫・長塚洋二共著・永岡書店)

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