eikoおはなしページ



・ぼくの行方

・春のおくりもの

・やどかりのさがしもの

・ぼくの町のたろうさん





「ぼくの行方」     



ある日突然 ぼくはそいつに出会った。
出会ったというよりは 見つけた というべきかもしれない。
ふと空を見上げると そいつが飛んでいたんだ。
まるで大海原を泳ぐように・・・
不思議な へんてこりんなやつだった。
鳥のようだったけれど 魚だったかもしれない。
おもしろくなさそうに ぼくをちらっとみて そして行ってしまった。
別な日
今度は川の流れのなかに そいつは現れた。
まるで 天の川にそって飛ぶように
そいつは泳いでいたんだ。
この前よりも長く
ぼくとそいつの目が合ったような気がした。
でもやっぱり そいつは行ってしまったんだ。

そして
とてもとても細い月が出ていた晩に
またそいつと遭遇したから
ぼくはとうとう 声をかけてみた。
「ねえきみ、どこへ行くんだい?」
するとそいつは つまらなそうに答えたんだ。

「どこへでもさ」
男とも女ともつかない きみょうな声だった。

ぼくは言った
「どこへでも?どこへでも行けるなんてうらやましいなあ」

「わたしはただ道案内をしているだけさ。
ここではない どこかへ行きたい
そんな人が本当に望んでいる場所へ
連れて行ってあげるだけのことさ」
「ここではないどこかへ・・・」
ぼくののどがごくりと鳴った。

「ぼくはまさにそう思ってる!
だからきっときみを見つけられたんだな。
今の暮らしにぼくはもううんざりしてるんだ。
ねえ ぼくを連れて行っておくれよ。
そうだな、ぼくが今望んでいるのは
あくせく働くようなこんな慌しい日々ではなくて・・・
のんびりとした そう 一年中が春みたいな陽気で
いい香りときれいな花に囲まれた生活なんだ。
そこでゆっくりと本でも書けたら幸せだと思うのさ。
ね ぼくを連れて行っておくれよ。
お願いだから!」

ぼくはこれから起こることへの期待でドキドキして
つい声にも熱がこもってしまったけれど
そいつはずいぶんと冷ややかなまなざしを向けて
こう言ったんだ。
「好きにするがいいさ」
それはつっけんどんな言い方だったけれど
なんだか優しさも感じられた気がした。

ぼくは踊り出したいような気持ちを抑えて聞いてみた。
「でも 一体どうやってきみについて行けばいいんだい?」
すると何でもないようにそいつはこう言ったんだ。
「おまえが本当に望むなら
何にだってなれるのさ。
空を飛ぶためのつばさも
水の中を進むための尾びれも
ほら おまえはもう持ってるじゃないか」

そう言われて ぼくはびっくりした。
本当にぼくの身体は いつの間にか変化していた。
そいつと同じような姿になっていた。

鳥のつばさと魚のしっぽを持ったぼく。
おなかの辺りにはうろこまであって
弱い月の明かりの中でも てかてかしてるのが分かった。

怖いような おかしいような 複雑な気持ちになったけど
「さあ 出発するよ」
と そいつが言ったので
ぼくはくよくよするのをやめた。
そしてぼくは出発したんだ。

本当の自分に向かって
ぼくは前進している
そう思うと最高の気分だった。

旅は順調だった。
そいつは無口で ただついて行くしかなかったけど
ぼくは溺れることも 墜落することもなく
わりと上手につばさと尾びれを使いこなした。
ついこの前まで 歩くだけのぼくだったのに。

ぐんぐん進んでいくことがとても心地よかった。
どのくらい時間が経ったのだろうか。
そいつが「もうすぐだよ」と言う前から
ぼくは 甘いいい香りがただよってくるのに気付いていて
そろそろ旅の終わりが近づいているんだなと
感じていたんだ。
それは本当ならうれしいことなのに
ぼくの気持ちはしぼんでしまっていて
ゆるゆると 進むスピードが落ちてしまった。

そんなぼくを そいつは振り返って見つめるんだ。何も言わずに。
ぼくはおどおどしながら言ってみた。
「ねえきみ、よく考えてみたんだけど、
やっぱり ぼくが本当に望んでいた場所は そこではないような気がするんだ。」
しかられるかと思って そいつをチラッと見てみたけど
別にムッとした様子もないので ぼくは続けて言った。

「実はぼく 花の名前なんてほとんど知らないし
ずーっと春なんて ひょっとすると退屈かもしれないと思ったのさ。
ぼくが 本当に望んでいるのは  そう
ちょっとした冒険やスリルが待っている わくわくするような生活だよ。
ジャングル けもの 毒グモ 湧き水 宝物や洞窟・・・
そんなところで生活したら ぼくにだってきっとおもしろい本が書けるに決まってるよ。
ねえ そんな場所にぼくを連れて行ってくれないか?」


だんだん声高になるぼくを
そいつはまばたきもせず 静かに見つめてこう言った。
「好きにするがいいさ」


そして ぼくらは再び出発した。
ぼくは飛びながら 宙返りすることを覚えた。
長い間 息つぎしなくても平気になったし
ぼくの望みどおりに うろこの色が変化することも知った。
とってもゆかいに過ごしていたから
あいつの呼び名を考えてみた。
もちろん ぼくが勝手に付けたんだ。
名前なんて教えてくれないから
ぼくは あいつを「フウ」って呼ぶことにした。
呼んでも返事なんてしてくれないけど
それでもなんだか楽しかった。


ゆかいでおもしろおかしい時間は
あっという間に過ぎてゆく。
ヒラヒラと目の前を横切ったのが
色あざやかな 鳥の羽根だと分かったとき
ぼくはドキリとしてしまった。
もうすぐ到着なのかな?
フウから
「さあ、着いたよ」
と言われてしまう前にと
ぼくはあわててこう言った。
フウの背中に向かって。

「ねえ、さっき言い忘れてたけど
ぼくが望んでるのは 普通のジャングルじゃあないよ。
ぼくは 失われた文明とか 遺跡とか
そんな事に すっごく興味があるんだから。
だからさ 古代の文明が まだ栄えていた頃のジャングルに行きたいんだ。
タイムマシンみたいに 時を越えて
ぼくを連れて行っておくれよ。」

無理なことを言ってるって 自分でも分かっていたけれど
ぼくはとにかく 今までで一番大きな声で伝えてみた。
フウは相変わらす前だけを見ていて
いったい どう思っていたのかは分からない。
それでも 前の時と同じように
こう言ってくれた。
「好きにするがいいさ」


ホッとしながら ぼくは
内心 どうしてこんなにホッとしてるのだろう
と 考えていた。
何者かになりたい ぼくだったのに
何かが決まってしまう事に
おびえているのだろうか?
今の自分を変えたい そう思っていたのに
本当は 変化をこわがっているのだろうか?


時限を越える旅は
かなり時間が かかるようで
フウは ぼくにかまわず
一気にスピードをあげて 進んでいった。
追いつくために ぼくは
思い悩んでいる余裕はなくて
ともかく前に進むことに集中した。
すると
ぼくにもフウに負けないくらいの
スピードが出せるって事に気がついた。
もう少ししたら フウを追い越せるかもしれない。
ちょっと いい気になったぼく。
誰よりも早く進めるなんて
自慢していいよね?

さらにスピードをあげて
進んで行くことに夢中になっていたぼくは
「もうすぐだよ」
と 声をかけられたとき 一瞬
何のことだか分からなくて びっくりした。
われに返ったぼくは 
考えるために 少しスピードをゆるめてみた。
そうなることを予想していたかのように
フウも同じようにゆっくりと進み 
そしてぼくをじいっと見つめた。
そのちいさな目は ぼくの心のなかを見透かしているようだった。
でもぼくは さりげない風をよそおって こう言った。

「ねえ きみ、あらためてよく考えてみたんだけれど
ここもやっぱり ぼくが本当に望んでいる場所とは
ちがうような気がするんだ」
フウはぼくを見つめるだけで何も言わない。

「ここまでやってくる間 
ぼくは飛び方も 泳ぎ方も ずいぶん上手になったよね?
だからなんだか自信が出てきて
何でもやれそうな気がするんだよ。
ジャングルの生活も そりゃあ楽しいだろうけどさ
やっぱりぼくは 自分に出来ることを
人に見せてやりたい。
そしてほめてもらって 尊敬されて・・・
お金もいっぱい稼いで りっぱな家に住むのさ。
今のぼくならできそうな気がする。
そうさ ぼくが本当に望んでいたのは そういうことだよ。
ね フウ。行き先を変えてくれるね?」

フウはまだ 何も言おうとせず ぼくをじーっと見ている。
悲しそうな色をした すんだ瞳で ぼくを見るんだ。

ぼくはまた
「好きにするがいいさ」
と言ってくれると決めつけていた。
だけどフウは こう言ったんだ。

「ちょっと寄り道をしようか」

ぼくはびっくりして うろこの色が真っ青になった。
どういうことなのか分からなかったけど
でもぼくは ついて行くしかなかった。


ぼくらの行き先は
大きな黒い まんまるなところだった。
空に浮かんだ暗い星のような
ぽっかりとあいた穴のような
そんなところだった。
そこでぼくらは 進み始めてから初めて
立ち止まった。
そしてフウが ぼくに
きびしいけれど あたたかな声で語りだしたんだ。
「いいかい。ここでしばらく考えてみるんだよ。
自分は本当に何がしたいのか。
本当の自分はなんなのか。
私はただの道案内だから
目的地の分からない人では
どこへもつれて行けないんだよ。

今までは前へ進むことだけがすべてだった。
未来の自分を夢見てただ走るだけさ。
けれど 目的地についたら 今と向き合わなくちゃならない。
二本の足でじっくり歩いて 今を生きていくんだ。
そこからが本当の自分のはじまりなのさ。
だから逃げちゃあいけないよ」



ぼくは自分の顔が赤くなるのがわかった。
フウはやっぱり ぼくのことをお見通しなんだ。
ちっちゃいけれど 何かパワーのある目をしてるんだ
フウは。
ぼくが現実からただ逃げたいだけだってことが
ばれてしまっていたんだ。

「お前には自分のことしか見えていないようだけど
まわりを よおく見てごらん」

とまどいながらも ぼくは言われたとおり
ぐるっとあたりを見わたした。

するとどうだろう!
ぼくのように 道案内とともに旅する人が
あちこちにいるではないか。
まるで無数の流れ星みたいだった。
ニコニコしている人もいれば 不安そうな人もいる。
ぐんぐん行ってしまう人もいれば ふらふらと漂っている人もいる。

「誰もがみな どこかへ行きたいと願っているのさ。
けれど みんながみんな 目的地にたどり着けるわけじゃあないんだ。
自分を見失って どこへ行けばいいのか迷ったやつは
そのうち ただの魚になって
海のなかをぐるぐると泳ぐだけさ。
理想ばかり追いかけて 現実が見えなくなったやつは
そのまま飛び続けて 最後には鳥になっちまう。

お前はどうしたいんだい?
二本の足を取り戻したくはないのかい?
さあ 目をつむって よおく考えるんだよ」

まるで 催眠術にでもかかったかのように
ぼくのまぶたは すーっと閉じてしまった。
そしてぼくは考えた。
ぼくはどうしたいんだ?
鳥や魚になってしまうのも悪くないような気がする
だけど…

目をつむった まっくらやみのなかに
ぼんやりとうかんできたものがあった。
それは
ぼくの大切な 友達の顔
しばらく電話もしてなかったけど
あの笑顔に会いたくなった。

それから
ぼくの家族の顔
うんざりしていたいつものこごと
なんだかそれも聞きたくなった。

いじわるばかりの嫌な奴だって
本当はいいところがあるはずだって
そんなふうに思えるくらい
ぼくは人恋しく感じていた。
こんなすなおな自分の気持ちに
はずかしさと心地よさとで
ぼくはにやりと笑ってしまった。

目をあけて ぼくは言った。
「本当の自分を
ぼく自身が忘れてただけだってこと
今気付いたよ
本当のぼくは どこか遠くにいるんじゃなくて
ここにいたんだ
このぼくのなかにね。
ぼくがそれに気付いて ぼく自身が変わらなければ
どこへ行っても何も変わらない
それをきみは 教えてくれたんだね」
フウのすがたは見えなかったけれど あったかい声がぼくを包んでくれた。
「わたしはただの道案内だから 何も教えられないさ。
ともかくおまえは 自分の行く先を
やっと見つけられたようだね。
さあ 連れて行ってあげよう」

そしてぼくは
いつの間にやら 二本の足で立っていた。
フウと出発した夜のあの場所に。
うろこも 羽根も しっぽも
うそのようになくなっていた。


ぼくは歩き始めた。
飛んでいくよりゆっくりだけど
ぼくらしいペースで進んでゆくんだ。
今を踏みしめて。
もちろん 今までの悩みや問題が
きれいさっぱり解決していたわけじゃない。
それでもぼくは なんとかやっていけそうな気がするんだ。
あの 旅の記憶が ぼくを支えてくれるから。


そして今
もしもぼくがあの時 鳥になっていたら
あるいは魚になっていたら どんなだっただろうかって
おはなしを書いているんだ。
旅はまだまだ続いているのかもしれない。

ときどき
空を見上げるけど
フウを見つけることはもうなかった。

もしきみが出会ったら
よろしく伝えてくれるかい?



おしまい






「春のおくりもの」


みなさんの街から、遠くはなれたところ
大きな山と深い谷を越えた、むこうの広いひろい丘の上に
その一本の木はありました。
とても大きな木、というわけではなく
たおれそうな老木、というわけでもありません。
まだまだこれから成長していきそうな
青年のような木です。

広い丘の上には
その木以外には木と呼べるようなものは、なにもなくて
ただ草原が続いているだけでした。
その木は生まれた時からずっと
ひとりでそこに立っていました。
耳をすますと、遠くの小川のせせらぎが聞こえます。
でも、小川を見たことがない木には、その音が何なのかわかりませんでした。
小川の流れてくる先には、大きな森がありました。
そこには、さまざまな生き物が住んでいましたが
どの生き物たちも、森の外へ行ってみようなんて思ったことがなかったので
ずっとむこうの丘の上に、その木があるとは誰も知りませんでした。

丘の上の木のそばへやってくるのは、風だけ。
時に冷たかったり、時に暖かかったり。
たまに、どこかの花びらをのせて、風がやってくることがありました。
けれど木は、まだ自分で花を咲かせたことがなかったので
花びらのことを虫だと思っていました。
虫なら地面から根をつたい、幹にはいあがり、枝の先までやってくるので
木はよく知っています。
そして木は、虫たちがあまり好きではありませんでした。
ことわりもなく大勢で、自分をくすぐりながら、のぼってくるのですから。
少し枝をふるわせてみても、虫たちは気にもとめず、ぞろぞろと上がってきます。
ですから木は、なるべく虫のことを考えないようにして
目の前にある風に波立つ草原を、一日中、ひたすらながめているのでした。

草原は、季節とともに色を変えてゆきます。
赤茶色になった枯れ草の上に、雪がつもり 
どこを見ても、真っ白な世界におおわれた後
ふたたび淡い黄緑色の芽が現れる・・・
そんな、春が近づいてくる景色を、木は一番気に入っていました。
日に日にまわりが変わっていく様子に、心がうきうきしてきます。
なにかがはじまりそうな、そんな気がしてなりません。
そして、今年の春は 
本当にいつもとちがうことが起こりました。


なんだか ざわざわ むずむずするよ
いいにおいの風になでられて
ほんのり ふんわり
あたたかい
きたんだね 春が ほら
くるりとまわって あいさつしたよ


春の始まりは、木にとって、ちょっぴり忙しい時です。
木の枝という枝の先のすべてに、新しい葉をつける準備をしなくてはなりません。
まわりの枯れ草たちが息を吹き返して、ぐんぐん伸びてゆくのに負けないように
木もいそいで新芽を伸ばそうと、頑張っています。
すこしむずむずしますが、かわいらしいハート型の葉っぱが
にょきにょきとはえてくるのを感じると、木は自慢したくなります。
見てみて!今年は去年よりずっとたくさんの葉を出したよ!
そう誰かに言いたくて、まわりをぐるっと見渡しました。
いつもはそうやって見渡しても、誰もいるわけがないので
木は声を出して自慢するのを、あきらめてしまいます。

けれど、今回はちがいました。
ふわっと、あたたかい風が吹いてきた方向から
なにやらちいさなものが、こっちに近づいてきています。
ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ、何かしゃべりながら飛んでくるのです。
木は思わず叫びました。

ねえ、誰だかわからないけど ぼくの新しい葉っぱをみてよ!
今年はうんといっぱい すてきな葉っぱを出したんだ!
どう?すごいでしょ?

木の声が聞こえたかどうかはわかりませんが
そのおしゃべりないきものは、だんだん木の近くにやってきました。
黄色いきれいな羽根を、はたはたと動かして飛んでくるのは 
ちいさな渡り鳥でした。
近づいてくるにつれて、おしゃべりの声も、よく聞きとれるようになりました。

まったくもう
どうしてこのあたりには休めるところがちっともないのかしら?
広い海をやっと渡ってきてクタクタなのに。
私が群れのなかでは一番速く飛べるってわかってほしくて
どんどん仲間を抜かしてきたら
ちょっといつもの方向とはずれて飛んできちゃったみたい。
こんなだだっ広い原っぱは見たことないわ。
疲れててどっちへ行ったらいいかも分からない。
南風さんにお願いして
私が羽根を休ませる場所へ案内してもらいましょう。
あぁあれでいいわ。
ちょっとたよりない木だけど止まれるならこのさいなんだって
がまんしましょ。
あら。
わたしに気が付いてなにか言ってるみたい。
あんまりおしゃべりな木じゃないといいけど。
わたしひっきりなしにしゃべる相手は苦手なのよね。
もの静かで なんでも知っていて 頭が良くて
飛ぶのが上手で 歌のうまい・・・わたしみたいな鳥が
あの木に住んでいてくれたら楽しいのにな。
ねぇそこには誰かいる?

ことりはもう木のすぐそばにきていました。

だ、誰かってぼくは木だよ。
やあ、ぼくのあたらしい葉っぱを、見に来てくれてありがとう。
ところで、きみはだれ?
きみみたいな虫ははじめてだな。

ことりは、大きめの枝にちょこんと止まって一息つき
毛づくろいを始めようとしましたが
自分が虫と勘違いされて、カンカンになりました。

虫?むし?このわたしが虫ですって?
なんて失礼な!
わたしが虫なわけがあるかしら?
こんなにきれいで歌がうまくて上品な渡り鳥が
虫にまちがえられるなんてゆるせないわ!
ひどい!ひどい!
なんてことなの!

木はいきなりしかられて、なにも言い返すことができず
ただただ、鳴きわめくことりを、をじっと見守っていました。
そしてことりが、これ以上怒りの言葉が見つからなくなったときに
やっと、口をはさむことができました。

ごめんね。
ぼくがきみを、おこらせちゃったのかな。
ぼくは自分以外には、虫のほか知ってるものがないんだ。
でも たしかに、きみは虫とはちがうね。
ぼくもじつは、虫が好きじゃなくて
自分が虫に間違えられたら、あんまりうれしくないな。
きみみたいな子にあったのは初めてで
なんていったらいいかわからないんだけど・・・
本当にごめんね。

木がとってもすまなそうに謝っているのを知って
ことりはようやく気持ちが落ち着きました。
そして、礼儀正しく自己紹介をはじめました。

コホン!
ではあらためまして。
はじめまして。
わたしは春を愛する渡り鳥。
世界中の春という春を追いかけて
空を飛んで旅をしているの。
本当は仲間がたくさんいて
みんなで移動していくはずなんだけど・・・
今日はたまたまひとりなの。
わたしの飛んでゆくスピードよりみんなが遅すぎるってわけ。
けっして迷子になったんじゃないのよ。
だからその・・・
のろまな仲間たちがわたしに追いつくまで
ここでちょっとひと休みさせてちょうだいな。

そこまで言って、ことりはふうっと息をつき
「どうぞ、ゆっくり休んでいってくださいな」
と言われるのを、静かに待ちました。
けれど、木はずっと黙ったまま、何も返事をしてくれません。
木は初めて聞く「渡り鳥」「世界中」「旅」「仲間」・・・という
言葉の意味を自分なりに考えながら、うっとりしていました。
なんだかすてきな言葉です。
もうちょっとぼうっとしていたら、ことりがじーっと木を見つめているのにも
気付かなかったかもしれません。
木は、ことりが自分の返事を待っている事がやっとわかり
こう言いました。

もちろん!
ぼくでよかったら、ずっと止まっててくれて、かまわないよ。
それで、休みながらでいいんだけど 
ぼくには、分からないことがたくさんあるから、教えてほしいな。
世界中ってどういう所?
仲間ってなんだい?
それからえーっと
何だったっけ?

ことりは、それを教えていたらちっとも休めやしないわ
と思う反面、色々と自分の知っている事を教えるのって気分がいいわ
とも思いながら、話を始めました。
その日の太陽が丘の向こうへ消えて
夜を告げる一番星が出るまで
ことりはまるで先生のように、木にたくさんの話をしてあげました。
そしてちいさなあくびをした後、ことりは眠りにつきました。

ことりが眠ってからも
木は、今日聞いたことをずっと考えて
とてもわくわくしていました。
でもことりを起こさないように、静かにしずかにしていました。
葉っぱが風に揺れないように
虫がくすぐってもふるえないように・・・
また朝がやってきて、話の続きが聞けるのを楽しみにしながら
木はその夜を過ごしました。

ことりのほうは、うとうとしながらこんな事を考えていました。
わたしがやってきた場所はどんなところ?
渡ってきた海はどれだけ大きいの?
一緒に旅をしている仲間って?
教えてあげるのは楽しいけれど
わたしはなんでも知ってるわけじゃない
そりゃあ少しは物知りだとは思うけど。
これ以上色々聞かれて分からないことがあったら
知らない
なんて言うのはイヤだから
早く仲間に会って助けてもらおうっと。
みんなが集まれば怖いものなし!
どんな質問も誰かがきっと答えられるから。
明日になったらすぐにみんなを探さなくちゃ・・・


深くて暗い青色の空が
少しずつ明るく白くなってきた頃
ことりは木に気付かれぬよう、そうっと毛づくろいをして
ぱっと木の枝から飛び立ちました。
何も言わず、振り向きもせずに。
木は、寝ていたわけではありませんでした。
ずっとことりが目を覚ますのを、静かに見守っていたのです。
そしていつ、何を話しかけたらよいか考えているうちに
ことりはあっという間に行ってしまったのです。
木は、今まで感じたことのない、悲しくさみしい気持ちになりました。
昨日はあんなにおしゃべりだったことりが
まさか一言も言わずに、いなくなってしまうなんて。

なにかまた、怒らせるようなことをしたのかな?
寝心地が、悪かったのかな?

考えていると、まるでお腹にぽっかり穴が開いてしまったような
なんともいえない痛みを感じました。
自慢のかわいいハート型の葉っぱも
今朝はみんなしょぼんと、下をむいてしまいました。
太陽がのぼり、日の光がどんなに明かるく照らしてきても
木の周りだけは、闇のようなさみしさに、おおわれていました。


ポトリ ポトリ
しずくが落ちる
雨がながれていくように
ぼくの目から しずくが落ちる
空は青く晴れているのに
まるでここだけ雨雲の中
どうして 止んでくれないの
ポトリ ポトリ
しずくが落ちる


一方 
ことりの方はというと、自分のことで精一杯でした。
朝、目を覚ましてから
あらためて自分が一人でいることが、とても不安に感じられたのです。
こんなに長い間、仲間と離れていたのは初めてでした。
どうしてわたしだけ、こんなところにいるのかしら?
そう思ったら、もうじっとなんてしていられません。
木のことなんてすっかり忘れて、全力で羽根を広げ、飛んで行きました。
どこかに仲間の姿が見えないか
どこかで仲間の声は聞こえないか
どこか見覚えのある場所はないか
耳をすませ、目を見開いて飛んで行きました。

不安げなことりを、かわいそうに思ったのか
南風がそうっと、助け舟を出してくれました。
やわらかで、あたたかい空気でことりを包み、
目の前にちいさな羽根をひとつ、ふわりと浮かべてくれたのです。
そのちいさな羽根は、ことりの仲間の落し物でした。
くるくると舞う羽根は みんなの所へと
案内しているようです。
実際、ことりが羽根を追って飛んでゆくと
見覚えのある小川に、たどり着きました。

ここは知ってるわ!
冷たくて気持ちのいい流れで水浴びをしたことがあるもの。
確かこの小川の流れてくる先には・・・
そう
森があったはずよ。
きっとみんなはそこにいる!
あぁなんだかもうみんなの声が聞こえてくるみたい。。。
ほらね
あの木とそっちの木とあそこにも
なつかしい仲間の姿が見えたわ!
ねえみんな
わたしよ!安心して!
すごく元気だし寂しくなんかなかったわ!
ただちょっとみんなに会いたくてたまらなかったけど。

仲間たちもことりの姿に気付いて、いっせいに声をかけました。
やぁひさしぶり!
元気なの?どこに行ってたの?
いつの間にかいなくなっていたから心配してたんだよ。
お腹すいてない?
あっちにおいしい木の実があるよ。
この枝に止まってまずは一休みしなさいよ。ね?

小鳥たちは、みんなおしゃべりが大好きなので
だれもが話を聞きたがり、そして自分の話もしたがります。
そのため、みんなと話をするのにはすごく時間がかかりました。
朝ごはんとお昼ごはん、そしておやつの時間をずっと使っても
まだ話したりないくらいです。
そのにぎやかな事といったら!
森のほかの生き物が、みな耳に手を当て
口をへの字につぐんでいたほどでした。

太陽がゆっくり沈み、一番星がまたたきだした頃
ようやく、全員とのおしゃべりがとぎれました。
ホッと一息ついた時
ことりは、なにか忘れているような気がしました。

そういえば
みんなに聞きたいことがあったような・・・
さてなんだったかしら?
でも今日はずーっとおしゃべりばかりして疲れたわ。
ふああぁ。
ひとねむりしてから考えましょ。

ことりがうとうとし始めて
やがて、仲間のみんなもねむりにつきはじめた
その時
ことりは、あの木のことを思い出して、ぱっと飛び起きました。

そうだそうだそうだった!
ねえねぇみんなみんな起きて!
みんなの助けを借りたいことがあったのよ!
行ってほしいところがあるの!
聞いて聞いて聞いてちょうだい!

ことりは興奮すると、同じ事をくり返すクセがあるようです。
寝ようと思っていた矢先のことなので
不機嫌な小鳥も、なかにはいました。
けれどこの様子では、話を聞いてあげないかぎり
おさまりそうにないと知っている、仲間の一人が言いました。

いったい何事なの?

ことりは早口で話し始めました。
あのね
木なの木のことなの
私が出会った木 
一本だけでたっている木がむこうの丘の上にあるのよ
その木はひとりで立っているの。
そしてなにも知らなくてわたしを虫だと思っていたくらいよ。
本当になんにも知らないんだから。
だからね
色々なことを教えてほしくてたくさんわたしに聞いてくるの
でもわたしにだって知ってることとそうでないことがあるのよ。
分かるでしょ?
だからみんなでその木のところへいってほしいの。
みんなで行けばきっとどんな質問も答えられると思うから。
ねぇお願い。わたしが案内するから一緒に来てちょうだい。

仲間のほとんどは、あまり興味をしめしませんでした。
なんだい木だって?
木ならここにもいっぱいいるだろう
この森の木すべてのために何かするってのは無理な話!
じゃあなんで特別にその一本のために出かけなきゃならないんだい?
ぼくらはここに休むためにいる
旅を続けたいなら他の事に首をつっこむんじゃない。
もうおやすみ
おてんばなおちびさん。
そう口々に言ってことりを説きふせて
みんな眠ることにしました。

けれど、仲間のなかには、好奇心にあふれる者もいます。
そんな仲間の一部が、そうっとことりのそばに集まり
小声で話し始めました。

ちょっとおもしろそうじゃないか
ぼくらがその木の先生になれるってことかな
あら
わたしなら歌の先生になれるわよ
ぼくならおいしい虫の居場所をいっぱい知ってるぞ
木が虫を食べるかしら?それより花の名前のほうが知りたいかもよ
いやいや
きっと雨がふる前の風の見方が知りたいはずだ

みんな口々に、自分の得意とすることを、あげ始めました。
ひそひそ声がだんだん大きくなった時
すこしお兄さんの小鳥が言いました。

シッ お静かに。
みんなは色々と教えたいようだけれど
果たしてそれは必要なことだろうか?
ぼくらは旅をするために知っておくべき事がたくさんある。
でも木はただそこにじっとしているだけだろう?
今まで知らずにすんだなら
これからだって知らなくていいんだろうよ
教えるなんて無意味だね。

小鳥たちはしんと静まりました。
だまりこんでしまった仲間をみつめながら
あのことりは、勇気を出して言ってみました。

でもね
あの木は知りたがっているのよ
意味があるとかないとかじゃなくて
知りたい事を知るって大切な事じゃないの?

そうかしら?

すこしお姉さんの小鳥がさえぎりました。

私はね
森に住むフクロウのおじいさんに会ったことがあるのよ
とっても物知りで有名なのよ。
でもそのおじいさんが言ってたわ

・・・私は何でも知っている
しかしどれだけ知識がふえても
それで幸せになるとはかぎらない
知らないほうが幸せだった、ということもあるんだよ
私はもう必要以上に知りたくはないんだ
だから何も見えなくなるくらやみを飛ぶことにした。
食べ物のありかさえ、分かればいいのさ
それで充分・・・

そう言ってホゥホゥため息をついてたわ
ためになる話でしょ?
さぁもう本当に寝なさいね

もう何も言えずに、がっかりしたことりに
仲間の小鳥が、そっと耳打ちしました。

なんだかむずかしいことはわかんないけどさ
明日こっそりその木のところに連れてってくれよ
迷子にでもなったふりしてさ
まだしばらくはみんなこの森で過ごすつもりだろうし
夜までに帰ってくれば問題ないよ

この計画がとてもステキに思えたので
ぱちんとウインクをし合い、ことりはようやく眠りにつきました。


そして次の朝
ことりとその仲間たちは、おとうさんやおかあさんにいつものように
いってきます、と言い、元気に飛び立ちました。
親たちは、この森の中や小川のせせらぎの遊び場で
みんなが過ごしているのだろう、と思っていました。
親たちは親たちで忙しいのですもの
子供どうしで仲良くやってくれるなら
おかえり、を言うまでは、それぞれの時間を過ごすだけです。

ことりは、仲間の先頭にたって飛んでいきました。
私についてきてね、といいながら
ちゃんと道を覚えているか、本当は心配でした。
でも、やさしい南風は、いつでも小鳥の見方です。
あの木の見える丘のほうへ、ことりと仲間たちををみちびいてくれました。


ことりが、仲間を連れて向かっているとは知らない木は
ひとりぼっちのさみしさに、うなだれたままでいました。
ですが急に、ささぁっとあたたかい風が木の葉をなでたので
ちょっとだけ、風の吹いてきたほうを見上げました。
すると、なにかがこちらへやってくるのに、気が付きました。

あれはなんだろう?
ちいさいものが、たくさんやってくるぞ。
なんだか、前にも同じようなものを見たような・・・
虫じゃないとすると
あれは そう!小鳥じゃないか!
それもたくさん!
ずいぶんとにぎやかじゃないか!
お〜い どこへいくんだい?

小鳥たちのほうは
目指していた木が見えてきた辺りから
わいわい がやがや
みんな競争をしながら、その木に向かって飛んでいました。

どこへ行くのかだって?
おかしなこと聞くなよ
きみのところに決まってるじゃないか!
そうよ
わたしたちあなたに会いに来たんですもの
こっそりそーっとね

そうよ
わたしがみんなを連れてきたのよ

なんとか一番に木の小枝にたどり着いた、あのことりが
息を切らしながら、説明をはじめました。

おひさしぶり
ごきげんいかが?
今日はわたしの仲間を連れて来たわ
みんなあなたに会うのを楽しみにしていたの
なんでも聞きたいことを質問していいのよ
さあどうぞ!

そう言われた木は、ただもうびっくりして
何も言うことが出来ませんでした。
だって、ひとりぼっちになってしまった、と思い込んでいたところに
こんなにたくさんの鳥たちが、いきなり集まってきたのですから。
質問なんて、そうすぐには思い浮かびません。
とまどっている木が、なにも言い出せないのをいいことに
小鳥たちのほうから、次々にしゃべりだしました。

ねえ 知ってる?風はどこからやってくるのか
ねえ 知ってる?春一番に咲く花のにおいを
ねえ 知ってる?雲がどれだけすがたを変えるか
ねえ 知ってる?どこにどんな虫たちがいるのか
ねえ 知ってる? ・・・

途切れることなく、小鳥たちは歌うように、しゃべります。
木は、にぎやかでさわがしい小鳥たちの話すことを聞くのに、大忙しになりました。
はじめて聞く話は、とてもおもしろいことばかりです。
さっきまで感じていたさみしい気持ちは
とっくにどこかへ、飛んでいってしまいました。
ちょっとやかましいけれど、なんてすてきな仲間なんだろう
と、木は思いました。

小鳥たちも、木が自分の話を楽しそうに聞いてくれるので、とてもいい気分でした。
いつもは、もうその話は何度も聞いたよ
なんていわれてしまうのですけれど。
太陽がだんだん下に降りてきて
そろそろお帰り、というまで
小鳥たちは次々としゃべりつづけました。
そしてふうっと満足そうに一息ついて、森へ帰るしたくをはじめました。

さて
今日はここまで。
わたしたちはもう帰らないと。
お父さんやお母さんが心配するといけないから。
また明日こっそりみんなでやってくるわね。
それじゃあおやすみなさい。

おやすみ さようなら また明日ね

木も小鳥たちにあいさつをして、みんなを見送りました。
また明日ねって、なんてすてきなあいさつでしょう!
木は、なるべく早く明日がきますように、と願いながら、そうっと眠りにつきました。
きっととても楽しい夢がみれるでしょう。

そして次の日
約束のとおり、小鳥たちは来てくれました。
きのうより、少し数がふえているかもしれません。
先頭はあのことりです。
だんだんこちらに近づいてくるのがわかると
木は、飛び上がりたくなるほどうれしくなりました。
実際には、小枝がゆらゆらしただけですけれど。

おはよう!また会えたわね。
今日はおにいさんとおねえさんも来たのよ。
あらどうしたの?どうして泣いているの?

そう小鳥にいわれて、木ははじめて自分のひとみから
ぽろりとしずくが落ちていたことに気づきました。

泣いている?ぼくが?
もしかして、このしずくのことだろうか?
そういえばこれは、きみがいなくなってしまったときにも、流れてきたんだよ。
どうしてかわからないけど、ちっともとまらなくて困ったんだ。
今はそのときとは、ぜんぜんちがう気分だけど
なぜだか、同じものがこぼれてきたねぇ。
ぼくはどうしたっていうんだろうか?

そこへおねえさんの小鳥が
おねえさんぽい事が言いたくて、口をはさみました。

まあ
ナミダのこともしらないなんて
あきれるくらい何も知らないのね
仕方がないから私が教えてあげるわ
あのね
わたしたちのなかには「ハート」ってものがあるの
そのハートが 悲しいときはきゅうって小さくなって
うれしいときはぽっとあったかくなるの
くやしいときにはトゲトゲしたりもするし
ちくちくしたり
とろけたりもするものなの
そうやってハートがカタチを変えるときに
ナミダは出てくるものなのよ

おにいさんの小鳥も
おにいさんらしいところを見せたくなりました。

おのぞみなら
ぼくが作ったナミダの歌を聞かせてあげるよ。
あんまりいい歌で
それこそ感動のナミダが出ちゃうかもしれないよ

仲間の小鳥たちは、それを聞いてくすくす笑いましたが
木は、ぜひその歌を聞かせてほしいとお願いしました。


とってもうれしくて
まぶたがあつくなって
あふれだすのも ナミダ
とってもかなしくて
むねがくるしくなって
こぼれだすのも ナミダ
すべてのナミダのしずくをたばねて
あの子にあげよう
きっと すてきな おくりもの


すこし調子がはずれてはいましたが
みんなもこの歌が気に入ったので
みんなで歌いました。木も歌は大好きなので
新しい歌が覚えられて、とてもうれしくなりました。
夕暮れになって、小鳥たちが森へ帰ってしまってからも
木はひとり、この歌をくちずさんでいました。
そして、自分にもみんなと同じように
ハートがあるって、すてきなことだなあ
と、うれしく思っていました。

次の日の朝
約束通り、小鳥たちはきてくれましたが
みんな、元気がないようでした。

おはよう、みんな!
なんだか、きのうの君たちとは、ちがうねえ
何か、がっかりすることでもあったのかい?

木がそう聞くと、ことりはこたえました。

わたしもがっかりだけど
わたしたちはあなたをがっかりさせてしまうかもって
それが残念でならないの
じつはもうすぐ出発することになったのよ
ここにはもう夏がすぐそこまできてるから
わたしたちは春を追いかけて
旅をつづけなくてはならないの
だからもうすぐ
さよならをするのよ

急なお別れの話に、木はびっくりして、葉っぱを何枚か落としてしまいました。

さよならって、みんな本当にいってしまうのかい?
またすぐに会えるよね?
だって、やっと仲良くなれたところなのに・・・

そうすぐに
というわけにはいかないけれど
また春になれば会えるわよ
次の春がここにやってくる頃
わたしたち
またここへ飛んでくるから

仲間の小鳥が、なぐさめるように言いました。

じゃあ、次の春がやってくるまで
ぼくはまた ひとりぼっちなんだね・・・

木が枝を折りそうなくらい、うなだれてしまったので
小鳥たちは落ちないように、飛び上がりました。

ここを出発するのは明日だから
今日は一日中楽しくおしゃべりして過ごそうよ
おもしろい話をたくさんしよう
きっと笑顔でお別れできるさ
そうよ
元気を出して
また会えるから

小鳥たちは、けんめいに木をなぐさめました。
その気持ちがわかったので
木は、小鳥たちが止まりやすいように
枝をぐんとのばしました。

小鳥たちは、木がひとりになってからも
楽しいおはなしをたくさん思い出せるように、と
とびきりおもしろい話を選んで、してあげました。
森に住むゆかいな仲間の話や、いいにおいの花をさがした冒険の話
小鳥たちが最初にうたった歌の話・・・
いつも好き勝手におしゃべりをしていた小鳥たちが
聞いてくれる相手のために、こんなに考えて話をするのは
これがはじめてのことでした。

木は、小鳥が話してくれるおはなしが、楽しければ楽しいほど
ひとりになったときのさみしさが大きくなるようで
泣きたい気分になりました。
でもそんなことを考えないように、小鳥たちのしてくれた話を、一言ももらさず
頭の中にしまうことにしました。

いつものように
太陽がさよならをする時間を知らせるために
みんなを赤く照らし出したとき
木はどうして、も自分から
さようなら
と言い出すことができませんでした。
あのことりは、そんな木の気持ちに気づいたので、こういいました。

さあみんな
そろそろ森へ帰らないと
でもわたしは一晩ここにとまっていくことにするわ
大人たちには内緒にしてね
心配かけたくないから。
明日の朝出発するまでにはもどるから
お願い。
あとはよろしくね。

この言葉に反対する声もありましたが
結局のところ、ことりの思い通りさせることにして
みんなは、森へと飛んでゆきました。
木は、小さくなっていくみんなの姿を、ずっとみつめていました。
そして、そばで一緒にいてくれることりに

ありがとう 

といいました。
そのひとことは、心がこもった、あたたかい言葉でした。
小鳥は、とてもうれしかったけれど
なんだか照れくさくもあったので
そのまま、眠ったふりをしました。

木は、小鳥が自分の小枝に、ずっとずっととまっていてくれたら
どんなにうれしいだろうと思いました。
でも、明日には行ってしまう・・・
それを考えると、ついまた、ナミダが出てしまいそうになりました。
けれど今泣いてしまったら、ことりを起こしてしまうし
せっかく一晩いてくれることりを、困らせてしまうと思い
なんとかがまんしました。
そして、悲しみをまぎらすために
みんなでうたった歌を、思い出してみようと思いました。
一人になってからも、きっとあの歌をうたえば元気になる
そう思って、小さな声で口ずさみました。


とってもうれしくて
まぶたがあつくなって
あふれだすのも ナミダ

とってもかなしくて
むねがくるしくなって
こぼれだすのも ナミダ

すべてのナミダのしずくをたばねて
あの子にあげよう
きっと すてきな おくりもの


さいごまでうたったときに、木はいいことを思いつきました。

そうだ、ぼくもなにかおくりものをしよう!
でもなにを、どうやって?

木はいっしょうけんめい考えました。
そして、自分にできるおくりものを
ことりとお別れする朝までに、なんとか用意しようとかんばりました。

ことりは、というと
うつらうつらしているうちに、ある夢を見ていました。
それは、また春になってここへ戻ってきたときの夢のようでした。
夢の中では、すこし様子が変わっていて
木はひとりぼっちではなく、森の中に立っていました。
そして今よりも、ずっと大きくなっているのでした。

夢からさめるころ
ことりはすぐ近くで、ほんのり甘い香りがするのに気がつきました。
さわやかで透き通るような、ほのかな香りです。
ことりが目をあけて見ると
すぐそばに、ちいさなちいさな白い花が、咲いていました。
それは4枚のはなびらがあって、まるでナミダのしずくが4つ 
束ねてあるように見えました。
ことりが木のほうをむくと、木は少し照れくさそうにしてこう言いました。

おはよう。
ぼくが初めてつけたこの花を、きみにプレゼントするよ
もし気に入ってもらえたなら
次の春はもっとたくさん
その次の春には、もっともっとたくさん咲かせるからね
きっと見に来てくれるよね

小鳥はとてもうれしくて
その場でくるくると飛び回りました。

すてき
なんてかわいらしいプレゼントでしょう
今度はこの花の香りをたよりに
あなたのところへ飛んでくればいいのね
きっと迷わずたどり着けると思うわ

ことりが喜んでくれたので、木はもうさみしいとは思わなくなりました。
そして、元気な声でこう言いました。

さあ、出発しておくれ
きみの行くべきところへ
ぼくはここでずっと待っているから
またいつか会える日まで

ありがとう
あなたのことは忘れないわ
また楽しい春を一緒に過ごしましょうね

そう言ってことりは
ちいさな白い花を口ばしにはさみ、森へ向かって飛んでいきました。

森では、仲間たちがことりを待ちかまえていました。
知らせたいことがあったからです。
ここを出発するのももうすぐなので、あまり時間がありません。
戻ってきたことりのすがたをみるやいなや
仲間たちは、われ先にとしゃべりだしました。
ことりのほうはというと、花をくわえていましたから
ただただ、みんなの言葉を聞くしかありませんでした。
たとえ話せたとしても、口をはさむすきはありませんでしたけれどね。

おかえり
聞いて聞いて
おもしろい計画があるんだよ
すごくいいことするのよ
みんなでね
そうみんなで旅立つ前にひと仕事さ
あなたの分はこれよ
さあ持ってね片足でひとつかみ
森に住んでるリスさんやネズミさんたちからわけてもらったの
森の木の実よ
これをね
どうすると思う?
空からまくのよ
そぅ空からまくんだ
この森からあの木のところまで
そうしたらどうなると思う?
森が大きくなるんだ
そうよ広がるの
そしてあの木にも仲間ができるのよ
そぅぼくらが木に友達を作ってやるのさ
どうだいすごい計画だろ?

ちょっとみんな静かに!

おねえさんの小鳥が、みんなのさえずりを静めて言いました。

みんな
まるで自分が思いついたように言ってるけれど
これは森のフクロウおじいさんが教えてくれたことでしょ

まあ確かにね

おにいさんの小鳥が、いいました。

あのおじいさんがリスさんやネズミさんにお願いしてくれたから
この木の実をもらえたわけだけど
森の木がふえて木の実がもっとたくさんできるなら
この森に住むみんながよろこんでくれるよ。
そしてそれをできるのはきっとぼくらしかいない
だからちょっとくらいほこらしげにしたっていいじゃないか

花をくわえたまま聞いていたことりは
このすてきな計画に、大賛成してることを
その場でくるくる飛び回って、知らせました。

さあ、旅立ちの時間です。
小鳥の群れは、いっせいに飛び立ちました。
大人の鳥たちが先頭で
その後に、一番若い小鳥たちがついていき
その後ろをおにいさん、おねえさんたちが追いかけます。
若い小鳥たちの先頭には、あの白い花をくわえたことりがいました。
丘の上にひとり立っている木には、そのことりのすがたが、たしかに見えたようです。
小鳥たちがぐるりと
自分の上を一周まわり、ぽとりぽとりと何かを落として
そして去って行くのを、木は静かにながめていました。
にぎやかな歌い声はやがて
遠い遠い丘の向こうへ
春とともに、いってしまいました。


いつの日か
木の実から芽が出て、やがておおきな木になるでしょう
ことりが夢に見たような景色が、きっとここに現れます。
風景が変わったら、また迷子になるんじゃないかって?
大丈夫。
やさしい南風が、また助けてくれるでしょう。
そして、
たくさんの白い花をつけて、立派な大木に成長した
この木のもとへ
小鳥を案内してくれますよ。




おしまい






 「やどかりのさがしもの」


浜辺に、すてきなカイガラに住むやどかりがいました。
そのやどかりは、自分のカイガラがとてもすてきなことを知っていました。
大きさも自分にぴったりだし、色も気に入っているし、
何よりも居心地がとてもよかったのです。
やどかりは、いい気分で浜辺のむこうへおでかけしました。
仲間のやどかりたちに、自分のカイガラをほめて欲しかったからです。

浜辺のむこうの岩かげには
やどかりの仲間が、たくさん暮らしていました。
「こんにちは」
とあいさつをかわしながら
お互いカイガラを、キョロキョロみくらべていました。
そして自分のカイガラが、ほかの誰よりもすてきだな、と思うと
すぐにさようならと、あちこちへと散らばっていってしまいました。

浜辺からきたやどかりは、ひとり残されて
さみしい気分になりました。
誰も自分のカイガラを
「すてきだね」
と言ってくれなかったからです。
どうしてみんなはほめてくれなかったのかしら?
たしかにあの子のカイガラのほうが、ピカピカしていたかもしれないわ。
べつの子のカイガラは、とても大きくてりっぱだったわ。
それにすごく変わったかたちのカイガラに住んでいる子もいたわね・・・
「ああ、わたしのカイガラは
 そんなにすてきじゃないのかしら?」
やどかりはすっかり自信をなくしてしまいました。

けれど、そんなに長い間おちこんでいたわけではありません。
やどかりはひらめいたからです。
「そうだ、これから
 もっともっとすてきなカイガラを、みつけに行こう!
 みんなにうらやましがられるような
 そんなカイガラをさがしに行こう!」
浜辺には、海から運ばれたたくさんのカイガラがありました。
きっとこのなかに、とびきりすてきなカイガラがみつかるはず。
そう思って元気よく歩き出しました。


ずんずん歩いていくと、ちょっと気になるカイガラをみつけました。
カイガラの模様も変わっていますが、かたちも今までみたことのある
カイガラとはちがっています。
このカイガラだったら、みんながびっくりして
注目されるかもしれません。
「これこそわたしの探していたカイガラだわ!」
さっそくやどかりはなかへ入ってみることにしました。
しかし・・・

なんだかとっても入りづらいのです。
手と足がこんがらがってきゅうくつだし、
このカイガラを背負って歩くなんて
とてもたいへんだということがわかりました。
「ちがう、
 これはわたしのカイガラじゃないわ。
 ほかを探してみましょう。」


てくてく歩いていくと、べつのカイガラをみつけました。
今度のカイガラはさっきのほど、かたちは変わってはいませんが、
大きくて、すきとおるようなカイガラです。
まるでガラスのようで、中にいても外の様子がわかります。
このカイガラだったら、みんな感心して
一目置いてくれるかもしれません。
「これこそわたしの探していたカイガラだわ!」
さっそくやどかりはなかへ入ってみることにしました。
しかし・・・

どうやら広々しすぎていて、落ち着きません。
それに外がよくみえるだけでなく、いつも誰かにみられているみたいです。
「ちがう、
 これはわたしのカイガラじゃないわ。
 ほかを探してみましょう。」


とぼとぼ歩いていくと、またべつのカイガラをみつけました。
すっかり暗くなってしまった浜辺の上でも
キラキラひかっているのがわかるようなカイガラでした。
こんなまばゆいカイガラは、みたことがありません。
おまけに大きさも、ちょうどよさそうです。
このカイガラだったら、みんなうらやましくて
目をぱちぱちさせるかもしれません。
「これこそわたしの探していたカイガラだわ!」
さっそくやどかりはなかへ入ってみることにしました。
しかし・・・

なんとも古いにおいがします。
キラキラしているのはおもての一部だけで、よくみると穴があいていたり
汚れていたりしています。
きっと、きれいにしようとごしごし洗ったら
カイガラはこなごなにくずれてしまうでしょう。
「やっぱりちがう、
 これもわたしのカイガラじゃないわ。」

たくさん歩き回って、疲れてしまったやどかりは
もうほかを探すのをあきらめました。
そしてもとの居心地のいい、すてきなカイガラのなかで
うとうとしはじめました。
「なんてわたしにぴったりの、きれいな色のカイガラかしら。
 やっぱりこれが、わたしのカイガラなのだわ。」
いままでどおりの安心感につつまれて
やどかりは、とても幸せな気分になりました。


それでもなぜかやどかりは、
そんなすてきなカイガラのなかで、
さらにすてきなカイガラをみつける夢をみるのでした。


おしまい






「ぼくのまちのたろうさん」



ぼくは、どこにでもあるような町に住んでいる小学生の男の子。
とくに何が得意ってわけでもない。
でも好奇心はいっぱい。
木に登ったりサッカーしたり、友達と遊ぶのが大好きだけど
ときどき大人を観察するのもけっこう楽しい。
大人っておかしなことをするときがあるから。
ぼくはこっそり見てるんだ。

ぼくには、ほかの大人とはちょっと違う、気になる人がいる。
それはたろうさんだ。
たろうさんは、ぼくのおじいちゃんほど年をとってはいないけど
おとうさんほど若くもない。
白髪まじりのくねくね、ほわほわした長い髪をしている。
それがほわほわしているときもあるけど、
何かをつけてぺったりさせているときもある。
どっちがかっこいいかは、ぼくにはわからない。

みんなが言うには、たろうさんはホームレスってことをやっているらしい。
ホームレスって、家がない人のことをいうみたいだけど、
手作りの家なら川原のそばに建っている。
ぼく、こっそり見に行ったから知っているよ。
秘密基地みたいな、水色の家だった。
家を自分で作っちゃうなんてすごいよね。
そっと見ていたぼくにたろうさんは気づいて、にーっと笑った。
笑うと、いくつかなくなっている歯のすきまが黒く目立つ。
それがちょっと怖くって、ぼくは走って逃げてしまった。


本当はぼくとたろうさんは、もう少し仲良くしてもいいくらいの
顔見知りだ。
なぜならたろうさんは、ぼくのうちにくるお客さんだから。
じつはぼくの両親は家で商売をしている。
お酒やジュース、お菓子や調味料とかを売っているちいさな酒屋だ。
お店のはじっこに、お客さんが座るちいさないすとテーブルがある。
よく近所のおじさんやおばさんが、そこに座っておしゃべりをする。
おかあさんは、お茶とお菓子を出して、お客さんと楽しそうにおしゃべりをする。
おとうさんも、大きな声でいろんな話をして、みんなを笑わせる。
そんなとき、ぼくはお店の奥にある別の部屋にいて、みんなが帰るまでおとなしくしている。
楽しそうなところをじゃましたら悪いし、顔を出したらお客さんにあいさつをしなくちゃならない。
いつも、ぼくのあいさつはよく聞こえないっておこられるから、いないふりをするほうが気楽だ。

そのテーブルがある場所に、たまにたろうさんもやってくる。
寒い冬は、外よりうちの店のほうがあったかいからね。
いすに座り、ストーブにあたって、ただじっとしている。
そんなときは、ほかのお客さんが来たときとは違って、お店の中は静かだ。
おかあさんは、おしゃべりの相手をなぜかしない。
おとうさんは、たいてい配達で出かけている。
ぼくはなんとなく気になるから、お店のお菓子を見に行くついでに、お店へ出てみる。
たろうさんの横を通るとき、ぼくはいつものようにぺこりと頭を下げて、口の中でもごもごと「こんにちは」を言う。
たろうさんも、ぼくにぺこりとおじぎする。
ぼくは
「いくつになったの?」とか
「学校は楽しい?」とか
いろいろ聞いてくるおばさんたちより、無口なたろうさんのほうがいい。
ぼくのほうが、たろうさんに聞きたいことがあるくらいだけど、ぼくからはなかなか、話しかける勇気が出ない。
だからいつも、そばを通り過ぎるだけだ。

たろうさんのそばを通ると、ぷーんと香水のにおいがする。
おとうさんはときどき
「くさいなあ」と文句を言うけれど、
ぼくは酔っ払いのにおいや、たばこの煙のほうが、よっぽどくさいと思う。
おとうさんの足の裏だって、そうとうくさい。
たぶんたろうさんは、古い服ばかり着ているけれど、本当はおしゃれな人じゃないかと思う。
きっと香水は、うちのお店に来るときの身だしなみとして、つけているのだ。


外でも、たろうさんをよくみかける。
黒い、古ぼけた自転車をこいで、どこかへでかける姿を見たことがある。
アパートのまわりに生えた雑草を、とっている姿も見たことがある。
あちこちで、ほかの人がしないような仕事をして、生活している。
たろうさんがいてくれて助かっている人も、きっとこの町にはいるんだろうな。


ある日、事件が起きた。
といっても、ぼくには、たいしたことじゃないように思えたことだけど。
ぼくも友達とよく行く公園の木に、カラスが巣を作っているってだけのことだった。
どうして大人たちがそんなに困ったと大騒ぎしているのか、ぜんぜんぼくにはわからなかった。
うちのお店の軒下に、ツバメが巣を作ったとき、
ぼくはすごくうれしかったから、フンがいっぱい落ちていても気にならなかったよ。
どうして、カラスが公園で暮らしたらいけないのだろう。
それでも大人たちはみんなで、カラスの作りかけの巣を壊す計画をたてていた。
きゃたつや長い棒など、用意すべきものを相談して明日さっそくとりかかろうと話していた。

その日の夕方、ぼくは犬と散歩をしながら、公園まで行くことにした。
「ここにいるとあぶないよ」と
出来ればカラスたちに、知らせてやりたかったからだ。
どうやって知らせたらいいかわからないけど、とにかく行かなくちゃって思ったんだ。
ところが、公園に着く手前で、ぼくはとんでもないものを見てしまった。

街灯がつき始めた、ほの暗い道。
そこをたろうさんが、古ぼけた自転車に乗り、信じられないスピードで通り過ぎていった。
たろうさんの頭の上には、4、5羽のカラスがいて、後を追いかけるように飛んでいた。
いつものたろうさんと、違うところがひとつあった。

黒い、大きなマントをつけていて、それがいきおいよくはためいていて
たろうさんもカラスと一緒に空を飛んで行くみたいに見えた。
それはまるで、魔法使いみたいだった。

でもたしかにあれは、たろうさんだったと思う。
魔法使いは曲がり角をまがるとき、ほんの一瞬だけふりむいた。
そしてぼくを見て、にーっと笑いかけたんだ。
あの歯のすきまのくらやみに、ぼくは吸い込まれそうな気がして、思わず犬に抱きついた。
犬もあんまりびっくりしたので、ほえるのを忘れてしまったみたいだった。

たろうさんのマントが空いっぱいに広がったのか、それともちょうど太陽が沈んだのか、
あたりはすっかり暗くなっていた。
ぼくは夜道を、早足で家に帰った。
ぼくは犬と、さっき見たことは黙っていよう、と約束した。
きっと話したって、誰も信じてはくれないだろうから。
でもあれは本当にあったことだった。
次の日、大人たちが公園に行ったら、カラスたちが一羽残らずいなくなっていた、と話していたから。
ぼくはきっとたろうさんが、カラスを安全な場所に連れて行ってくれたのだと思っている。
それか、たろうさんとカラスは、どこかで仲良く暮らしているのかもしれない。
なぜってその日から、たろうさんの姿をみかけなくなってしまったから。


一度、ぼくは将来、たろうさんみたいになりたいと両親に言ってみた。
おとうさんは大笑いし、おかあさんは本気でぼくをしかった。
だからもう、たろうさんの話は家ではしないことにした。
それでもずっと、町のどこかでまた、たろうさんに会える日を
ぼくは待っている。



おしまい






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