現存天守閣  四国四城     岡山城  
       
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現存天守十二城の内、四国
に四つの天守があります。昔
広島時代に、松山城・高知
城は見物した記憶がありました
が、今回のドライブでは、四城
をゆっくりと見物して廻る事が
できました。


築城の名将と云われているの
は、加藤清正と藤堂高虎が
双璧ですが、両者とも優れた
石工集団と大工集団を擁して
おり、特に高虎は徳川家康に
信頼された事から10数箇所
を築城し、30数箇所の築城
に携わっています。

二人の城造りの特徴は石垣
に有り、清正は扇勾配の反り
の美しさを重視し(熊本城)、
高虎は直線的で鋭角な高石
垣を造った。(伊賀上野城・
丸亀城)。

石工集団は近江の穴太衆
で、野面積みの技法を持つ。
野面積み(牛蒡積み):自然
石を大きい方を内側に積み上
げる。

布積み(打ち込み接ぎ):四
角に加工し上下をズラして横
一列に積み上げる。

谷積み:四角に加工し、V字
形に積み上げる。

算木積み:長方形に加工し
長い方と短い方を交互に積み
上げ、角の強度を出す。

切り込み接ぎ:城の大事なとこ
ろで見せるための石垣。   
などの技法があり、これらを組
合せて、強固な石垣を築く事
が出来ました。


江戸城天守台
大ぶりの石を加工し、布積みと算木積みで、美しく積み上げた天守台、さすがに将軍家の威光です。
城は、堀や石垣の土木施設と、櫓や門の建築物によって護られた、防御施設を備えた構築物です。 戦のための砦で有りながらなぜか美しい城、人々の知恵と労力と財力を投入して築き上げた、象徴・威厳・威圧・優美・戦略性等あらゆるものを兼ね備えているのが城です。

松山城 天守(本丸より望) 天守閣 乾櫓
松山市中央に位置し、134mの高さにある、日本を代表する平山
城の連立天守で、美しく険しく難攻不落の城郭。

城内で戦術的に重要な櫓・門が数多く、迷路のような構えになってお
り、攻め入っても方向感覚が狂ってしまう。三層三階(当初は五層)
扇の勾配の高石垣は、算木積と谷積の組合せで、美しく強固に城郭を支えている。
乾櫓は400年前の構築。
戸無門 隠門 一ノ門
紹介している門は何れも重要文化財で、城内には他に二ノ門、三ノ門、紫竹門、仕切門、の重文
の門が有り、そのほか乾門、筒井門、うしとら門、太鼓門、筋鉄門などがある。連立天守の櫓と共
に、堅固な防御施設となっている。

宇和島城 天守 本丸跡広場 天守(登坂途中)
築城の名武将、藤堂高虎が縄張りをし築城、その後166年に伊達宗利が大改修した時の天守。
徳川時代の安定期に築城されたため、鉄砲狭間や石落しは無く、内部の部屋も江戸時代の居住
空間の造りとなっている。徳川時代隠密の報告では、城郭は四角形の堀に囲まれているとしたが、
実態は五角形で高虎の縄張りの優秀さを物語っている。
破風 自然林の石段
独立式層塔型三層三階で千鳥
破風と唐破風が優美で小さいな
がらも御殿建築の意匠が随所に
見られ、格式を重んじている。
城山は400種類以上の草木が生い茂り、苔むした石垣群と織り成す幽玄の美は、一見の価値があります。珍しい昆虫・苔も沢山生息し保護されているそうです。

高知城 追手門から天守へ 天守閣を望む 野面積の石垣
追手門から天守に向かう石段(攻めるに上がりにくく、守るのに下りや
すい足幅になっている)と途中から望む天守。 雨の多い高知に対処
し、野面積み石垣に石樋が設けられている(左写真の左側)石段を
上がった右側に一豊の妻(千代)と馬の像が有る。
奥行きのある石を積んだ野面積みと扇勾配の美しい石垣。排水の良さと堅固さが特徴。
本丸正殿と天守 正殿と天守を繋ぐ廊下 欄間
天守閣と正殿が残っている例は無く、廊下で繋がっている事は非常
に珍しい。本丸には天守・正殿を囲んで、黒鉄門・詰門・廊下門・
多聞が配置され、その間を矢狭間塀が連結して居る。 これほど沢
山の一角が残っているのは珍しい。
この城の欄間は、芸術的にも見るべきものが多く、写真は土佐の黒潮と鯨の塩吹きがイメージされているものです。

丸亀城 天守と追手門 天守閣 城郭
四国では一番古い三層三階の天守です、一国一城令で一度は廃
城となりました 。約40年後に現在の天守に改修、その際石垣はそ
のままで使用できた。 本丸を頂点とし、丘の斜面や段上に曲輪を配
し、城全体を美しく壮大に見せる縄張り方法を、一二三段と云います
日本で一番小さい現存天守ですが、平面より石垣の重なりがあって、威風堂々と見えます。
美しい石垣 天守と石垣
羽坂重三郎が築いた石垣は、同時代でこの高さに及ぶものはおらず、真似できないものとして賞賛
された。城主家治に褒められたが調子に乗り、棒を足場として石垣をやすやすと登ってしまった為「敵
に知られては厄介」と、重三郎は殺されてしまう。   中央は見返り坂にある、20mを越す城壁で
見事な石垣の美です。
四層60mの石垣は「清正流三日月勾配とも呼ばれ、天に向かって反り返る姿は石の芸術です。

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